みなさんこんにちは。阿加井秀樹です。
今回ご紹介する作品は人物画麗子肖像(麗子五歳之像)についてです。
1913年、「ゴッホの手法の感化」や「マチスの絵と理論」ではなく、自分の眼と頭で捉えた表現を模索していた岸田は、妻となる蓁との恋愛もあり人間への関心が特に高まったことも重なって、立て続けに肖像画を制作しています。
例えば11月5日に自画像を描き、その翌日の11月6日には《清宮氏肖像》を描くなど、一日に一点油彩の肖像画を描いているような場合もあり、「首狩り劉生」と呼ばれたのも頷ける驚異的なスピードと集中力だと思いました。
黒き土の上に立てる女は、「大地とともに生きる女性」を描いた作品で、豊かな胸を開けて右腕に竹籠を携え、画面中央に堂々と立っている女性は妻の蓁がモデルだそうです。
この作品が描かれた1914年の4月には娘の麗子が生まれているのですが、妻の姿は出産前のものなのか腹部に膨らみが見て取れます。
竹籠は種が入っているのか、収穫物を入れるためなのかはっきりしませんが、出産=実りを暗示させる姿ですからあるいは収穫物を入れるためのものかもしれません。
身重の妻の姿に裸足で大地を踏みしめる収穫と多産の象徴としての地母神を重ね合わせ、生命の豊かさ、力強さを表現した作品だと思います。
岸田は愛娘・麗子の肖像画を数多く制作していますが、麗子肖像(麗子五歳之像)はそのうちでも最初の作品です。ふっくらと丸みを帯びた赤みの差す頬や小さな手が子供らしく、櫛を通していない無造作な癖毛や右手に握られた犬蓼は麗子が手つかずの自然のように無垢な存在であることを感じさせます。
一方で、つぶらな瞳は全てを見通しているかのように聡明な印象を与え、デューラーの肖像のように麗子をほぼ正面から捉えていることと合わせて、幼いキリストにも通じる気高さが感じられます。
それではまた。
阿加井秀樹